最近読んだ本『富士山』から
平野啓一郎さんの新作小説『富士山』を読みました。
『富士山』は、コロナ禍、重病リスク、無差別殺傷などのテーマを扱った5編の短編作品が収録されている短編集です。
どの作品も、私たちにあり得たかもしれない世界の物語が描かれていて、考えさせられることが多い小説でした。
短編集の最後に収録されていた「ストレス・リレー」は、自分が読みたかったものに近く、一番印象に残った作品です。
人から人に伝染し、アメリカから京都に持ち込まれたストレスの連鎖と、それを断ち切った一人の英雄の物語。ストレス・リレーを止めたことで英雄とされているルーシーは、なぜストレスのリレーを止めることができたのか? 小さな物語をリレー形式にしてあり、ストレスが人々の中をすり抜けていく様子を興味深く描かれています。そして、ストレスの連鎖を止めるには心の喚起が必要だということを表現されています。
私もどちらかといえば、人とのコミュニケーションはあまり上手くないし、ストレスに敏感だったりするほうです。ストレスには、自分が受けたストレスや、人からもらったストレスなどがあります。
そういったストレスを感じたときは、一人になって自然に親しんだり、静かに音楽を聴いて感動したりして、心穏やかになることが必要ではないかと。そうすることでちょっとずつ気が晴れていくのだろうと思います。
最近、実家の母は、よく人様の悪口を言うようになりました。それも、これまで母がお世話になってきた2名~3名の身近な人たちばかりの悪口ですが、聞いていてあまり気分の良いものではありません。母を心配し、お世話になっている人たちなので、決して悪い人たちではないのです。
母は頭のほうはまだしっかりしているほうで、一日のスケジュールを立てて、身の回りのことも一人でできています。腕が不自由だったりしますが、以前より良くなり、三度の食事もきっちり作っていますし、人の中にも率先して出かけるようにしているので、私から見ても凄いなと思います。そんな今の母ですが、同年代の人が家族に囲まれて生活しているのを見ると、悪口を言いたくなってしまうのかなと思ったりしています。
そんなときは耳を傾けるように聞いてあげています。否定すると何となくよくないと思うからです。
昔の母は、働き者で、愚痴を言わず、人の悪口は絶対に言わない人でした。人の悪口を言うと必ず自分に返ってくるからと、いつも口癖のように言っていました。そういう母の姿を私は尊敬していましたが、父が亡くなり、母一人になり、体調を崩したりして。。。加齢によるいらだちや孤独感、それが人の悪口につながっているのではないかと思ったりしています。もしかしたら、気丈に生きてきた性格上の問題もあるのかもしれませんが。
母の悪口を聞くことも私の一つのストレスとなっていますが、以前は真に受けることもありましたが、今はなるべく聞き流すようにしています。実家から帰るときは、音量を上げて音楽聴き、スッキリした気持ちで帰ります♪
人と出会う機会が多ければ、それだけストレスも増えるだろうと思います。これからは、人と人のつながりがストレスを軽減できるような、そんな優しい世の中になればいいだろうなと、この小説を読んで思いました。
今日は久しぶりに息子が訪ねてきました。一緒にお昼ご飯を食べたりお茶を飲みながら近況報告を聞きました。仕事は忙しいそうですが、元気でやっている様子を聞き、安心しました。
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